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タヌキモ種複合体が難しい

 みなさま,あけましておめでとうございます。今年一年もよろしくお願いいたします。

 さて,タイトルにもあるタヌキモ種複合体とは,イヌタヌキモUtricularia australis R.Br.,オオタヌキモU. macrorhiza Le Conte,タヌキモU. x japonica Makinoの3種のことである(学名は角野 2014に従った)。普段,これら3種類をまとめて,勝手にタヌキモ種複合体という日本語をつけている。

 いずれも葉につけた捕虫嚢で水中の小さな動物を捕食する食中植物で,根を持たず水中を漂う浮遊植物でもある。また2014年度版環境省レッドデータブックでは準絶滅危惧種に指定されており(環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室 2015),保全上重要な植物の一つでもある。

タヌキモ種複合体(未同定) 青森県つがる市で2017/6/18に撮影

※手元に花の写真がないので,後ほどこの記事に追加しようと思う。

 国内では,オオタヌキモは関東以北にしか見られないが,タヌキモとイヌタヌキモは広く分布する(角野 2014)。また,タヌキモはイヌタヌキモとオオタヌキモのF1雑種であることが明らかにされている(Kameyama et al. 2005)。種複合体というようなややこしい日本語をつけてはいるものの,3種類は花や殖芽(越冬芽),花茎の断面を用いて形態から識別が可能である。というか,これらの形態さえあれば,3種類への同定はそれほど難しくない。具体的な形態の違いは各種図鑑やWeb上でよく解説されているので,これらを参照して欲しい。

 これらの形態の違いのうち,最も使いやすいのが殖芽の形態である。というのも,タヌキモ種複合体は年によっては咲かないことも多く,現地で湖沼を一周しても花茎の一つさえ見つからず,花や果実を観察できないことも珍しくない。一方で,殖芽は越冬のためにほぼ全ての株で作られる。殖芽を作り始める秋口あるいは殖芽からシュートが伸び始める春先に現地観察を行えば,容易に観察することができる。また,殖芽葉の形態から,3種類を識別することができる…らしい…(田中 2017, 実は私はオオタヌキモをまともに観察したことがない)

 ということで,ポイントさえ押さえてしまえば,3種類の識別はそれほど難しいことではないのである。

 しかし,先週とある研究の一部でタヌキモ種複合体の同定が必要になったものの,思うように進まず屈辱を感じることがあった。

 その標本は,9月の半ばに青森県つがる市で採集したものである。季節的に殖芽は見られず,また湖沼を一周したものの限られた場所にしか生育が見られず,花または果実を観察することができなかった。となると,同定のためにはもう少し遅い季節に殖芽を観察することが必要になる。しかし,ご存知の通り現在は新潟在住なので,青森県つがる市は少し遠い。もちろん再訪問できる予算はないし,他の仕事もあるし,タヌキモの標本1枚のために再訪問するのは,正直コスパがいいとは言えないだろう。

 そこで,DNA鑑定を考えてみることにした。というか,最初から「ま,とりあえず塩基配列を読めば同定くらいできるだろう」くらいの気分であった。タヌキモはF1雑種なので,核ITS領域(種同定によく使われる)あたりをシーケンスすれば,オオタヌキモの遺伝型をもつか,イヌタヌキモの遺伝型をもつか,両種の遺伝型を同時にもつかくらいはわかり,簡単に種同定ができるだろう,という甘い考えをもっていたのである。

 しかし,データベースでタヌキモ種複合体の塩基配列を検索しても,出てくるのは葉緑体DNAの塩基配列ばかりで,核DNAの配列は全くヒットしない。というか,タヌキモ種複合体のアクセッションが思っていたより少ない。これでは,標本の核DNAの塩基配列を決定しても,比較する配列がな く同定できないではないか。 ん?でもKameyama et al. (2005)はDNAから雑種の同定を行っているので,核DNAの塩基配列が登録されていないのはおかしくないか??と思って論文をあたってみる。なるほど,この論文では,葉緑体DNAの塩基配列から片親の推定は行っているものの,肝心の核DNAの解析にはAFLP法(いわゆる塩基配列をシーケンスする方法ではない)を使っているのである。近年,AFLP法はあまり使われない方法になってきており,もちろん現在私が所属している研究室でも使われていない。このような状況で,タヌキモの標本1枚の同定のために,AFLP法を使うのは賢いとは言えないだろう。葉緑体DNAはご存知の通り母系遺伝するため,これを使えばイヌタヌキモかタヌキモ,あるいはタヌキモかオオタヌキモのどちらかまでは同定ができる。しかし,雑種であるかどうかの判断はできないので,葉緑体DNAだけでは不十分なのである。データベース上の塩基配列を利用するのではなく,3種の標本からDNAを抽出し,例えばITS領域などをシーケンスして塩基配列を比べるという手もあるが,正直うまく行くかわからない(でも,今のところこれが一番妥当なDNAでの同定方法ではないかと思っている)。

 以上から,DNAを使っても簡単に同定できるわけではない,ということがわかった。

 ということで,結局殖芽を観察するしかないのである。にっちもさっちもいかなくなってしまったので,現地の共同研究者に連絡を取ってみた。すると「実は気になってその湖沼に殖芽を探しに行ったのだけど,殖芽を見つけることができず,こちらも同定ができていない」という,衝撃的な情報を知らされた。

 お,おおお…

 結局,すぐには同定ができないということがわかった。というか,秋口に見つからなかった以上,春先に行っても見つからない可能性もある。う~ん,困ったなァ。。。

 需要があるかどうかはわからないけど,今回の騒動を受けてタヌキモ種複合体同定のフロー・チャートを作ってみた。水草好きには今更の情報かと思うが,もしかしたら何かの役にたつこともあるかもしれないので(微レ存),おまけとして最後に掲載しておく。ちなみにこのフロー・チャートでは,あまりコスパは考えていない。

引用文献

  • 角野康郎. 2014. ネイチャーガイド 日本の水草. 文一総合出版, 東京.

  • Kameyama Y, Toyama M, Ohara M. 2005. Hybrid origins and F1 dominance in the free-floating, sterile bladderwort, Utricularia australis f. australis (Lentibulariaceae). American Journal Botany 92(3): 469-76. doi: 10.3732/ajb.92.3.469.

  • 環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室 (編). 2015. レッドデータブック2014 日本の絶滅のおそれのある野生生物 8 植物I(維管束植物). ぎょうせい, 東京.

  • 田中法生. 2017. タヌキモ科. In: 大橋広好・門田裕一・邑田仁・米倉浩司 (編), 改訂新版 日本の野生植物 5, 平凡社, 東京, pp. 163-166.

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